~ この話はフィクションなのじゃ ~
おいらは最近、「FXの教科書には書いてない」という言葉をよく聞くんじゃ。
しかし、FXの教科書って聞くてなんとなく納得していたが、FXの教科書って何だろうか。おいらは持っていない。
FXの教科書が見つからないんじゃ。 そして、教科書の正体もまだ分かっていないんじゃ。
本屋にもない。 ネットにもない。 誰に聞いても答えが違う。
でも、ふと思ったんじゃ。
もしかして── FXの教科書そのものが“聖杯”なんじゃないか?
聖杯とは「みんなが欲しがるけど存在しないもの」なんじゃ
FX界隈でよく言われる聖杯とは:
- これさえあれば勝てる
- みんなが欲しがる
- でも誰も持っていない
- そして実際には存在しない
この条件に当てはめると── FXの教科書が完全に一致するんじゃ。
教科書とは「みんなが共通で学習する基礎」のはずなんじゃ
教科書とはこういうものなんじゃ。
- 全国の学生が同じ内容を学ぶ
- 標準化された基礎が書かれている
- 公的な機関が内容を決める
- 誰が読んでも同じ理解になる
でもFXにはそんなもの存在しないんじゃ。
なのに、みんな“教科書”を探しているんじゃ
トレーダーはこう思っているんじゃ。
- トレンドはこう動くはず
- サポレジはこう効くはず
- ロールリバーサルはこう反転するはず
- 飛び乗りはこう伸びるはず
この “勝手に作った脳内教科書” を みんなが共通で学ぶ教科書だと思い込んでいるんじゃ。
だから探すんじゃ。 でも見つからないんじゃ。
本屋にもネットにも教科書はない
おいらは本屋に行ったんじゃ。 「FXの教科書」を探しに。
でも棚にあったのは:
- 入門書
- チャート分析本
- 心理の本
- 商業本
- 怪しい本
どれもタイトルには、“FXの教科書”と書いてあるが、本物ではないんじゃ。
ネットで調べても同じなんじゃ。
本物の教科書はどこにも売ってないんじゃ。
ここで気づいたんじゃ
教科書は存在しないのに、 みんなが探しているから“聖杯”なんじゃ。
存在しないものを探し続ける。 手に入らないから余計に欲しくなる。 手に入らないから「FXの教科書には書いてない」と言い出す。
この構造、完全に聖杯なんじゃ。
まとめ

FXの教科書が見つからないんじゃ。 そして、本物の教科書は存在しない。
見つからないから余計に欲しくなり、存在しないものを追い求めるという完全な聖杯探しになる。
つまり──
FXの教科書とは、最初から存在しないのに存在する前提で語られた聖杯そのものだったんじゃ。

HR