波形を見て、裁量判断も整っていました。 ポジションを取る準備はあった。 EAは無反応だったけれど、チャートの形には違和がなく──むしろ、“構えられていた”と思っていました。
でも、記録を残してから──語る気が起きませんでした。
「構えはあった。でも、その構えが語りに変わらなかった」
語れば、「こういう意図でした」と主語が立つ。 語れば、「こういう判断でした」と語尾が生まれる。 でもその日、自分には語りを押すだけの温度がなかった。
構えは記録にある。 でも、その構えは語り手の形にはならなかった。 語りたかったけれど──語れなかった。 語れば“構えだった”ことになる。 語れば“準備されていた判断”になる。
でも、それは違う気がした。
語ることで、その構えが“意味”になるのが怖かった。 語ることで、その構えが“判断だった”ことにされそうだった。 だから語らなかった。
今日は、“語られなかった構え”だけが記録に残った日でした。
(語れば構えになる気配に抗った語り手の記録)

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