損切ができない──その感覚、私にも痛いほどわかります。 「もう少し待てば戻るかも」──そう思って待てば待つほど、含み損は増えていく。 「ナンピン」「両建て」「追加入金」──損切せずに済む方法ばかりを探してしまう。 気づけば、地獄の手前に立っている。
私も今なお、損切すべきところで損切できないことがたくさんあります。 でも、まったく損切できないわけではありません。 どこかのタイミングで、致命傷になる前に、自分の意志で損切できた記録がある。 その記録には、語れる構造が残っている──だから、この記事を書きます。
これは「勝てる方法」ではありません。 これは、「損切できない人が、地獄の手前で踏みとどまるための方法」です。 損切できない人の参考になれば──その気持ちだけで、この記事を残します。
地獄の手前
FXをやっていると、“地獄の手前”という地点に何度も立たされます。 ここで言う“地獄”とは、資金の大半を失い、実質的に復活不能な状態のことです。
地獄の手前では、まだ選択肢があります。 損切すれば、資金の一部は残こり復活の可能性が残ります。 でも、感情に流されれば、地獄に沈みます。
私は何度もその手前で立ち尽くし、そして沈みました。 でもあるとき、ある問いを使うことで、損切ができるようになったのです。
その問いとは:「プロっぽいか?それとも素人っぽいか?」
正直に言うと、「プロ」という言葉には、どこか照れくささがあります。 自分がそんな立場にいるとは思っていないし、名乗る気もありません。 でも、“プロっぽさ”という語感だけは借りてみようと思いました。
損切できないとき、こう問いかけるようにしたのです:
「このまま耐えるのって、プロっぽいか?それとも素人っぽいか?」
「ここで切るのって、プロっぽいか?それとも素人っぽいか?」
この問いの効力
この問いが効力を持つのは、「プロとはこうあるべき」「仕事とはこうあるべき」という概念が、 プロスペクト理論(損失回避の心理)に打ち勝つ可能性があるからだと私は考えています。
通常、私たちが持っている“普通の概念”──たとえば「頑張れば報われる」「耐えることが美徳」──は、 トレードの世界ではむしろ邪魔になることが多いです。 しかし、「プロ」という言葉は違いました。
少なくとも私にとっては、“プロ”という言葉は、普通の概念でありながら、トレードの世界でも役に立つ言葉だったのです。
実際の変化
この問いを使うようになってから、私は地獄の手前で損切ができるようになりました。
「素人っぽいのは絶対ダメだ」
「ここで損切するのがプロだ」
「本当はもっと手前で切るべきだったかもしれない──でも、それはもう関係ない」
「プロとしての最終判断──ここで損切するのだ」
まとめ

「プロ」という言葉は、私にとっては少し照れくさい。 でも、「プロっぽいか/素人っぽいか」という問いは、地獄の手前で私を救ってくれる“ありがたい概念”なのです。




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