高齢者すまい法と補助金の話を聞いていると、 ふと胸の奥から 「利権の温床じゃねーかよ」 という言葉がこぼれそうになる瞬間があります。
制度があって、 そこに補助金が流れて、 事業者が参入して、 建物が建っていく。
その流れだけを見ると、 どこか“お金の匂い”がして、 本当に高齢者のためなのか、 疑いたくなる気持ちが生まれます。
でも、 制度というものは、 いつも“きれいな理想”と“現実の事情”の間で揺れています。
補助金があるのは、 高齢者向け住宅が 採算だけでは成り立ちにくいからです。 見守り、バリアフリー、スタッフ配置。 必要なものが多いのに、 家賃を高くできない。
だから国が後押しをする。 その構造自体は、 本来はとてもまっとうなものです。
ただ、 そこに人が関わる以上、 思惑や利益が入り込む余地がゼロになることはありません。
制度の隙間を利用する人もいれば、 本気で高齢者の暮らしを支えようとする人もいる。 その両方が同じ制度の中に存在してしまう。 それが現実です。
「利権の温床じゃねーかよ」 という感情は、 制度の“影”を見つけたときに自然に湧くものです。
でも同時に、 その影の向こうには、 安心して暮らせる場所を求める 高齢者の静かな願いもあります。
制度は完璧ではない。 補助金も万能ではない。 けれど、 その不完全さの中で、 誰かの生活を支えようとする意図が 確かに息づいています。

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