制度文の冒頭に「第〇章 通則」と記されていたとき、私は思わず言葉に引き止められた。 通則──「通じる」「則る」と漢字を分解すれば、何かを一貫させるルールのようにも見える。 でも実際には、「通されているルールって何?」「何に通じているの?」という語の背景が生活者には見えづらい。
「通則」という語が、制度をまたぐ共通ルールを表していることはわかる。 ただそのルールは、誰の生活にどう作用するのか、どこからどこへ“通されている”のかが実感しづらい。 むしろ、その語が登場したことで、「この章は全体に関係するので、まず読んでください」と示されているようで、 読む側にとっては“強制的に入口に立たされている”ような圧力さえ感じることがある。
今日は、「通則」という語に込められた構造の記号性に立ち止まった日として記録する。 通っているはずの何かが、生活者の目線ではまだ“通っていない”。 だからこそ、その空白の中に「語が置かれている意味」や「生活との接点」を見出す必要があるのではないか。

人気ブログランキング ブログパーツ