HTML4.01という名前には、どこか“途中”の響きがあります。 それは完成ではなく、何かを整理しようとしていた途中の構造。 タグは並んでいるけれど、まだその意味が定まっていない。 文書なのか、体験なのか、構造なのか── Webが何であるかを、まだ誰も言い切れなかった時代の言語です。
DOCTYPE宣言は3種類あって、どれを選ぶかで“どこまで過去を許すか”が変わる。 Strictは未来を見ていて、Transitionalは過去を抱えていて、Framesetは…何か別の時間軸にいたような。 でも、どれを選んでも、タグの意味が完全に定まるわけではなかった。
<div>はただの箱で、<span>はただの線。 それらに意味を与えるのは、CSSでもJavaScriptでもなく、 使う人の“なんとなく”だった。 それは、仕様書よりも、空気のほうが強かった時代。
HTML4.01は、Webを“文書”として扱っていた最後の言語かもしれない。 でも、その文書は、もう文書ではなくなりかけていた。 見出しは情報ではなく、雰囲気になりつつあった。 段落は構造ではなく、呼吸のようなものになりかけていた。
タグは並んでいた。 でも、それらが何を意味するかは、まだ誰にも決められていなかった。 HTML4.01は、意味が定まる前の、静かな構造だったのかもしれない。

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