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足利とは──制度の地名の奥に、揺れる記憶が沈んでいた日です

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「足利」という語に触れたとき、 それは栃木県南西部の市名であり、 室町幕府を開いた足利氏の発祥地でもあります。 制度としては、行政区分として整っている地名です。 でも、その語感には、歴史と記憶が沈んでいるように感じます。

足利市は1921年に市制施行されました。 織物の町として栄え、足利銘仙やトリコット生地の生産で知られています。 現在ではアルミ、機械金属、プラスチックなどの工業も発展しています。 観光地としては、足利学校、鑁阿寺、あしかがフラワーパークなどがあり、 「学び舎のまち」「東の京都」とも呼ばれています。

制度としては、人口約14万人、面積約178平方キロメートル。 東京から北へ約80km、渡良瀬川が市街地を貫き、 群馬県桐生市・太田市と隣接しながら、両毛地域の核都市として機能しています。

でも、「足利」という語には、 地名としての整いだけでなく、 源義家の子・義国を祖とする足利氏の記憶が沈んでいます。 尊氏が幕府を開き、義満が最盛期を築き、 やがて義昭が信長に追放されて滅亡した── その語れなさが、地名の奥に残っています。

今日は、「足利とは」という語に触れて、 制度の説明では埋まらない違和感を記録した日です。


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