検察が不起訴にする。 それは「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」など、法律に基づいた判断のはずです。 しかし、その理由はほとんど語られません。 報道陣に対しても、詳細な説明はされないことが多く、制度は存在しているのに語感が届かない── それが「不起訴判断のブラックボックス化」と呼ばれる違和感です。
検察審査会という制度があります。 不起訴処分の妥当性を、国民が審査できる仕組みです。 しかし、その審査も非公開で、審査対象者に弁明の機会はありません。 審査員は法律の専門家ではなく、 「何となく許せない」という感覚で判断されることもあるといいます。
検察は「有罪の確信がなければ起訴できない」。 検審は「無罪の可能性があっても起訴できる」。 このズレが、制度の整いと語感の揺らぎを生んでいます。
不起訴の判断は、社会にとって重要なメッセージのはずです。 しかし、そのメッセージは語られません。 制度の奥に沈んでいて、記録にも残りません。 それは、納得感UXの限界でもあります。
本日は、「検察の不起訴判断がブラックボックス化している」という語に触れ、 制度の説明では埋まらない違和感を記録いたしました。 語れるほどではないけれど、 “語られない判断”という語感の揺らぎを、残しておきたいと思います。


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