「2025年7月5日に日本が滅亡する」 そんな言葉がSNSで流れていました。 予言、陰謀論、人工地震、スピリチュアル── どれも根拠はないはずなのに、 その語感だけが妙に強くて、記憶に残ってしまいます。
「滅亡」という語は、制度や構造が一気に崩れるイメージを持ちます。 でも実際には、そんな劇的な終わり方をする国はほとんどありません。 それでもこの語が使われるとき、 人々の不安や焦燥が、語感に乗って跳ねます。
災害、経済、外交、人口減少── 日本が抱える課題は確かに多いです。 でもそれは「滅亡」ではなく、「変化」や「再設計」のはずです。 それなのに、「滅亡」という語が選ばれてしまうのは、 語れない不安を一語で包み込もうとする衝動なのかもしれません。
今日は、「日本滅亡」という語に触れて、 その語感の強さと、語れなさの余白を記録した日です。 制度は崩れていない。社会も続いている。 でも、語感だけが先に跳ねてしまうことがあるのです。 その違和感を、残しておこうと思いました。

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