はじめは、ただのチャート記号にしか見えませんでした。 陽線、陰線──赤と青の長さやヒゲの出方を眺めるだけ。 ローソク足とは、始値と終値、高値と安値をひと目で把握するためのものだと、教わりました。
でもある日、その“カタチ”が人の判断の痕跡に見えました。 長い下ヒゲは「ここまでなら耐えられる」という構えの痕かもしれない。 寄り付きから一気に伸びて終値まで届いた陽線は、誰かの“ためらいのなさ”を写していたようにも思えました。
平均でも分析でもなく、“この瞬間に何が起こっていたか”の記録。 ローソク足がそれを語ろうとしていたとは、しばらく気づきませんでした。
今、目の前に並んだローソクの群れ。 その全てが、“見送られた判断”“間に合わなかった反応”“期待だけで買われた価格”を含んでいる気がしています。
今日は、陽線を見ただけの日。 でも少しだけ、自分の“手応え未満”が反応した日でもありました。


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