最初は、ただの線にしか見えませんでした。 安値と安値を結んだだけの補助線。 高値と高値をつないだだけの抵抗線。 それが「トレンドライン」だと教わったとき、 自分は“価格の流れ”をなぞるためのものだと思っていました。
でもある日、そのラインが“誰かの判断の痕跡”に見えた瞬間がありました。 この反発って、「まだ上がる」と信じた人がいた記録かもしれない。 このブレイクって、「もう限界だ」と感じた人の決断かもしれない。
線を引くことは、ただの分析ではなく、 「語られなかった心理」を拾う作業なのだと気づきました。
トレンドラインが機能するとき、 それは“誰かの構え”がそこに集まっていたということ。 機能しないときは、“誰もそこに構えていなかった”ということ。
今、自分もラインを引きます。 でもそれは、価格のためではなく、 “誰かの判断”を追うための時間です。
今日は、ラインを引いただけの日。 でも少しだけ、自分の“構え未満”が反応した日でもありました。

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