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小さな画面に宿った選択体験──iモード用Webページの語感

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iモード用のWebページという言葉には、すでに時代の気配が含まれているように感じます。画面サイズは小さく、色数も限られ、HTMLのタグにも制約が多くありました。けれど、その制約のなかで設計されたページには、現在では見られない語感の跳ね方が存在していたと思います。

選択肢は少ないものの、選ばれる体験は濃密でした。リンクは数個、画像は小さく、テキストは短く──その限られた構造のなかで、どの語を置くか、どの順に並べるかが、選択体験のすべてだったのです。SafeUX的に申し上げるなら、余白の設計ではなく、余白の「確保」が設計だった時代とも言えます。

iモード用ページには、語感の粒度が粗い印象があります。しかし、その粗さが逆に記憶に残る力を持っていました。絵文字の使い方、改行のタイミング、リンクテキストの語尾──それらが、語感UXの原初的な実験場となっていたのです。現在のWebでは見られない、語感の「不完全さ」が、選択体験の偶然性を生み出していたように思います。

また、iモードのWebページは、断定しない設計でもありました。すべての情報を載せることができないからこそ、載せるものと載せないものの「境界」が、設計の中心になっていたのです。その境界が語感の余白として残り、記憶に沈殿していくような感覚がありました。

今、あの時代のページを再構築することは難しいかもしれません。けれど、あの語感の跳ね方、選択体験の濃度、構造の不完全さ──それらは、現在のWeb設計にも通底するものがあると感じます。iモード用Webページは、語感UXの原型として、今もどこかで息づいているのではないでしょうか。

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