「補助金利権」という言葉が浮かびました。 補助金そのものが悪いわけではありません。 本来は、困っている人や地域を支えるための仕組みです。 けれど、その周りにはいつの間にか、 “補助金をめぐる利権” が静かに積み上がっていきます。
補助金は一度つくられると、 なぜか減る方向には動きません。 必要性が薄れても、 効果が見えなくても、 仕組みが古くなっても、 誰かの都合で続いていきます。
そして、その周りには
- 申請のための人
- 取りまとめる人
- 予算を確保する人
- 使い道を決める人
- そこに乗る人
- そこにぶら下がる人
さまざまな“関係者”が増えていきます。
気づけば、 補助金そのものより、 補助金を扱う仕組みの方が大きくなっている そんな状態が生まれます。
これを、私は「補助金利権」と呼んでみました。
補助金利権は、 誰かの努力とは関係なく増えていきます。 減らす方法も、減らそうとする意志も、 どこにも見当たりません。
補助金が必要な人より、 補助金を扱う側の都合が優先されることがあります。 本来届くべき場所に届かず、 声の小さい人が後回しになることもあります。
補助金利権は、 社会の中に静かに積み上がる“見えない重さ”です。 それが増え続けると、 制度は複雑になり、 本当に困っている人ほど遠ざけられていきます。
崩壊は派手には起きません。 もっと静かで、もっと日常的で、 もっと気づきにくい形で進みます。
補助金利権が積み上がる社会は、 ゆっくりと、しかし確実に歪んでいきます。
だから、この言葉をそっと置いておきたいと思いました。 補助金利権。 増えるばかりで減らないもの。 誰かを責めるためではなく、 見えない構造を言葉にしておくために。
こんな言葉を作ってみました。 それだけのことなのに、 胸の奥に静かなざわめきが残っています。


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