年始の神社で絵馬を書くとき、 ふと 「ドル円が下がりますように」 と書きそうになる瞬間があります。 実際に書いてしまう人もいます。
でも、それは悪いことではありません。 むしろ、書かないよりはいいのかもしれません。 なぜなら── 絵馬を書くという行為は、不安を外部化する“健全な処理”だからです。
神社はチャートではありませんが、 絵馬はあなたの不安を受け取ってくれます。
絵馬を書くとき、人は「未来の不安を外部に出している」
絵馬を書く瞬間の心理はとてもシンプルです。
- 未来が不確実
- 自分ではコントロールできない
- でも結果はほしい
- 不安を軽くしたい
このとき人は、 不安を自分の中に抱えず、外部に出す という行動を取ります。 これは心理学的にも非常に健全な行為です。
FXの不安も、絵馬に書いてしまえば外部化される
FXの逆行時に出てくる願い事。
- 戻ってほしい
- 建値まで来てほしい
- せめて反転してほしい
これらは本来、チャートに向けて発生する“内部の不安”です。 しかし、絵馬に書いてしまえば、それは外部化されます。
絵馬は無害。むしろ「祈りの排出口」になる
絵馬は書いて終わりです。 生活に戻れますし、損失も発生しません。
そして何より── 絵馬はあなたの不安を吸収してくれます。
- チャートに祈る → 視界が曇る
- 絵馬に祈る → 視界が晴れる
この違いは非常に重要です。 絵馬は「祈りの排出口」なので、 FXの不安をそこに流してしまうのはむしろ健全です。
チャートに祈れば視界は曇り、絵馬に祈れば視界は晴れる
絵馬は不安をそっと外へ流す“祈りの受け皿”です。木札に触れ、ペンを走らせるその一瞬で胸のざわつきが外へ抜け、視界が少しずつ澄んでいきます。
チャートに祈れば視界は曇り、絵馬に祈れば視界は晴れる──絵馬はまさに祈りの排出口です。だからFXの不安をそこへ流すのは健全で、むしろ正しい。
まとめ

- チャートに祈るより、絵馬に書いた方が視界が晴れる
- 年末年始は不安が外部化しやすい
- FXの願いを書いてしまうのは心理構造が同じだから
- 絵馬に書くことはむしろ健全
- 絵馬は「祈りの排出口」になる
- チャートに祈れば視界は曇り、絵馬に祈れば視界は晴れる


HR