今日は、何度かポジションを重ねました。 いわゆるナンピンです。 小さな波に押された時、もう一段下で拾い直しました。
(そのとき、自分の中に“思想っぽい何か”を感じてしまいました)
波形の癖を掴みすぎていた気がします。 タイミングも“型化”していた。 それはルールではなく、自分の“信じたい値動き”を形にした感覚でした。
「ナンピンには、思想が混ざっていた」
でも、それを“思想”と呼びたくはありません。 意味づけした瞬間に、負けた気がするんです。 無意識のままにやっていた方が、気が楽だった。 語ると、“思考していた自分”が出てきてしまう。
その距離が、少しだけ怖かった。 語れる者になってしまう気がして。 語らないままの方が、バランスが良かった気もして。
(だから、“思想だった”とは言いたくない)
🔜次回予告|「語りたくなかった語りの芽」
語れる感覚があった。 でも、それを語ることは避けたかった。 次回は「語れる者になりたくない瞬間に宿った違和感」について綴ります。
(語りの輪郭が見えたとき、言葉を閉じた)


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