大分銀行という語に触れたとき、それは、預金や融資という制度の語ではなく、支店という地形に静かに沈む資金の粒子として立ち上がります。赤レンガの建物、宗麟館の空間、ATMの操作音──それらは金融というより、地域のリズムとして記録されているように感じられます。
誰かが預け、誰かが借りる。その間にあるのは、数字ではなく、語られない生活の粒子。支店の配置は、地図の上ではなく、暮らしの中に埋め込まれていて、通り過ぎるだけで何かが記録されているような気配があります。
本店や支店の名前も、地名と制度の間にある語感であり、金融というより、地形の記憶に近いもの。マイメロディの赤い頭巾がカードに描かれていることも、資金のUXというより、語れる距離の設計のように感じられます。
今日は、「大分銀行」という語に触れて、語れるほどではありませんが、沈む地形と語られない資金の粒子として、その揺らぎをそっと残しておきたいと思います。
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HR