昔は、 開会式の光、 選手の名前、 メダルの行方。 そのすべてが特別な出来事のように感じられた。
テレビの前に座り、 知らない国の選手に声をかけ、 深夜まで競技を追いかけたこともあった。
けれど、 いつの間にかその熱は 少しずつ薄れていった。
忙しさのせいかもしれない。 情報が多すぎるせいかもしれない。 あるいは、 自分の興味の重心が 静かに移動しただけなのかもしれない。
「見なくなった」という事実には、 寂しさよりも、 どこか自然な時間の流れがある。
かつて夢中だったものが、 今はそっと背景に溶けていく。 それは、 自分の世界が変わった証でもある。
オリンピックは今も続いている。 熱狂する人もいる。 けれど、 自分の中では その光が少し遠くなっただけ。
見なくなったなあ―― その言葉には、 過去の熱と今の静けさが やわらかく並んでいる。
HR