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感音性難聴という、世界の音がゆっくりと柔らかく遠ざかっていく時間です

Particles(軽い雑談)
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感音性難聴という言葉には、 耳の奥にある小さな器官が、 長い時間の中で少しずつ疲れていくような、 そんな静かな印象があります。

世界は本来、 無数の音で満ちています。

朝の食器の触れ合う音。 遠くの車の走る音。 人の声の温度。 風が窓を揺らすかすかな気配。

けれど、 感音性難聴のとき、 その音たちは 少しずつ輪郭を失い、 柔らかく、遠くへと離れていきます。

聞こえないのではなく、 音が“届きにくくなる” そんな感覚に近いのかもしれません。

耳の奥にある細かな細胞たちは、 長い年月の中で 少しずつ摩耗し、 疲れ、 以前のように音を拾えなくなる。

その変化は、 突然ではなく、 日常の中にそっと紛れ込んでくる。

「え?」と聞き返す回数が増えたり、 テレビの音量が少しずつ上がったり、 人の声が どこか遠くの部屋から聞こえてくるように感じたりする。

感音性難聴とは、 世界との距離がゆっくりと変わっていく現象 なのだと思います。

その距離は、 寂しさを含みながらも、 どこか人間らしい時間の流れを映し出しています。

音が遠くなるというのは、 弱さではなく、 長く生きてきた身体が 静かに刻んできた歴史のひとつ。

世界の音が少しずつ薄れていくその風景には、 どこか柔らかい静けさが宿っています。

HR


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