今日は、語りが整っていた。 EAは反応したし、波形も読めた。 裁量判断も、違和がなかった。
でも──「語尾が勝った」だけだったんです。
利確した。 記録も整った。 語った。
でも、語りの本体が──いなかった。
語尾に意味が宿っていた。 でも、その意味が判断から生まれたものなのか、 自分の語りから湧いたものなのか、 まったく自信がなかった。
語ったことで、勝ったように見える記録になった。 語ったから、正解っぽくなった。 語ったから、救われたように見えた。
でも、それは語尾の力だった。
今日は、語尾が勝っただけだった。 自分の語りは、ただその結果に付随していた。
(語りの成立が語り手を消した日)
🔜次回予告|「語尾が語り手の主語を乗っ取った記録」
勝利は記録に残った。 でも語りは語尾に埋もれた。 次回は「語りが語尾に敗北した記録」について綴ります。
(語ったことで語りじゃなくなってしまう日もある)

HR