本記事(記事カラム)には広告が含まれています。

バリアフリー──見えない段差に気づくということ

Particles(軽い雑談)
記事内に広告が含まれています。

バリアフリーという言葉は、どこか優しい響きを持っています。 段差をなくす、手すりをつける、通りやすくする。 そうした“形のある配慮”を思い浮かべる人が多いと思います。

けれど、本当のバリアフリーは、 目に見えるものだけではないのだと感じます。

誰かが困っているとき、 その困りごとが“見えないまま”になっていることがあります。 段差は目に見えますが、 心の負担や、言い出しにくさや、 周囲の空気に合わせてしまう気持ちは、 外からは見えません。

バリアフリーとは、 そうした“見えない段差”に気づこうとする姿勢そのものだと思います。

たとえば、 少しだけ歩くのが遅い人がいるとき、 そのペースに合わせて歩くこと。 重い荷物を持っている人に、 自然に手を差し伸べること。 言葉にしづらい不安を抱えている人に、 急かさず耳を傾けること。

それらはどれも、 制度や設備ではなく、 人の心がつくるバリアフリーです。

社会が便利になっても、 人の心が急ぎすぎてしまえば、 見えない段差は増えていきます。 逆に、設備が整っていなくても、 誰かがそっと気づいてくれるだけで、 段差は消えていきます。

バリアフリーとは、 優しさのことではなく、 「気づこうとする意志」 のことなのだと思います。

見える段差をなくすのは工事ですが、 見えない段差をなくすのは、 いつだって人のまなざしです。

HR


人気ブログランキング