翔泳社という名前には、動きと静けさが同居しているような響きがあります。 「翔」は飛ぶこと、「泳」は流れること。 それは、情報が空を越え、水を渡り、まだ定着しないまま誰かに届いていくような感覚。
この出版社は、技術書やビジネス書、資格本からカルチャーまで、 “わかる”と“伝わる”の間にあるものを、ずっと扱ってきました。 それは、知識の体系ではなく、知識が誰かに届くときの空気を編集する仕事。
翔泳社の本には、構造がある。 でもその構造は、読者の手に渡った瞬間に、少しずつ崩れていく。 それは、理解のための設計ではなく、解釈の余白を残すための設計なのかもしれません。
Webメディアやイベント、eラーニング、PDF書籍── 紙の外側に広がるコンテンツも、 “情報のかたち”を定義しきらないまま媒介する試みのように見えます。
翔泳社は、出版社でありながら、 情報の流れを止めないための構造体なのかもしれません。 それは、編集ではなく、媒介という動詞。 本ではなく、届くことそのものを設計する存在。
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