竹の子族という言葉には、 昭和の街角に漂っていた空気がそのまま閉じ込められているように感じます。 原宿の歩行者天国で踊る若者たちの姿は、 映像でしか知らないはずなのに、 どこか懐かしい気配をまとっています。 その気配は、時代そのものが持っていた 軽さと自由の混ざり合いなのかもしれません。
派手な衣装や音楽は、 ただのファッションではなく、 「その瞬間を楽しむ」という行為の象徴のように見えます。 決められたルールの中で踊るのではなく、 その場の空気に合わせて体を動かす。 その即興性が、 竹の子族という現象の輪郭を静かに形づくっていたのだと思います。
当時の街は、 今よりも少しだけ雑多で、 少しだけ余白があったのかもしれません。 その余白の中で、 若者たちが自分の居場所を見つけていく。 竹の子族は、 その“居場所の見つけ方”のひとつだったように感じます。
今の街には、 あの頃のような自由な集まりは あまり見られなくなりました。 けれど、竹の子族の映像を見ていると、 人が集まることの楽しさや、 その場で生まれる一体感のようなものが 静かに伝わってきます。 それは、時代を越えて残る 小さな温度のようなものなのかもしれません。
HR