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損切りしたけど、評価基準は別にある

Articles(FXの軽い話)
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今日は裁量判断でポジションを切りました。 利確ではなく、損切り。 でもその判断に迷いはありませんでした。

EAは反応しなかった。 波形の流れは途中で崩れた。 損切り──記録としては「負け」。

だけど、それが評価かと言われると、違います。

「損切りした=敗北」って誰が言ったんだろう。

語れば、“下手だった”という語尾になる。 語れば、“やられた日”になる。 語れば、“その日を語るべきではない”と誰かに言われそう。

でもその判断には、語りたくなる温度があったんです。 損を切ったのは、語尾を守るためだったのかもしれない。 感情を荒らさず、語りを潰さず、その日を残すために。

今日は、“記録では負けだけど、語りでは負けてない”と感じた日でした。 でもその評価基準は、この記録だけでは語れない。 語るなら、もっと奥の【思想記事】に接続していく必要がある。

(負けた記録が敗北ではなかった日)



HR


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