ママ友という言葉には、不思議な距離があります。
友達と呼ぶには少し遠く、他人と呼ぶには少し近い。その間にある名前のない場所を、人はママ友と呼んでいるのかもしれません。
子どもが同じ場所に通う。その偶然が、会話のきっかけになります。けれど、共有しているのは子どもの時間であって、自分自身の人生ではありません。だから親しく見えても、どこか慎重な空気が残ります。
そんな関係の中で、じゃんけんは時々便利な道具になります。
役員決めや順番決め。誰かが引き受けたくないこともあれば、譲りたいこともあります。本音をそのまま出すと関係に痕跡が残るかもしれない場面で、じゃんけんは理由のない結論を運んできます。
勝っても負けても、そこに意思はありません。
だからこそ、人間関係が守られることがあります。
考えてみると、ママ友との距離感も少し似ています。近づきすぎれば息苦しくなり、離れすぎれば関係は消えてしまう。その間を行ったり来たりしながら、お互いが無理のない場所を探しているようにも見えます。
本当の気持ちを全部話すわけではない。けれど、まったく話さないわけでもない。子どもの成長や学校の出来事を共有しながら、少しずつ相手を知っていく。その歩幅はとても小さく、静かです。
じゃんけんの手を出す一瞬にも、その距離感は表れているのかもしれません。
相手を押し切るのではなく、運に預ける。人が人との間に置いた小さな緩衝材。その何気ない動作は、ママ友という繊細な関係を長く保つための知恵のようにも見えます。